「死ぬ」ということは「ずっと身体に縛られていた魂が身体から離れて自由になる」こと

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はじめまして、yukinoshitaと申します。
ここでは、貴方の視座が高くなる話を書ければ、という思いで綴っていきたいと思います。

 

記念すべき第一回目は、「人は、死んだらどうなるの?」ということについて、書いていきます。
初回から、重いテーマですね。笑

 

というのも、私自身の死生観に影響を与えた作品のタイトルを、つい先日、10年越しくらいに知ったからです。笑
小学生のときにたまたま読んだ国語の文章なんですが、あれって何だったんだろう、ってずっと思っていました。
ネット調べてみると案外見つかるものですね。笑
映画化もされていたみたいなので、早速鑑賞しました。

 

タイトルは、「西の魔女が死んだ」です。

西の魔女が死んだ』(にしのまじょがしんだ)は、梨木香歩による日本の小説1994年単行本が、2001年には新潮文庫より文庫本が出版された。日本児童文学者協会新人賞新美南吉児童文学賞、第44回小学館文学賞受賞。

2008年6月に実写映画が公開された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

名前は知ってるけど中身は知らない、という方も多いのではないでしょうか。

 

ざっくりいうと、感受性の豊かな女の子「まい」が、”魔女”である祖母との対話を通じて成長する、というストーリーです。
死生観だけじゃなくて、「疑うこと」や、「愛すること」など、たくさんの学びが、まいと祖母の対話の中にあり、コンパクトにまとまっているので、非常にオススメの作品です。
その中でも今回は、「死生観」にスポットライトを当てていきたいと思います。

 

シーンは夜、まいと祖母が同じ布団の中で、話し始めるところからスタートします。
まいは、ずっと胸の中でわだかまっていたギモンを祖母にぶつけます。
「人は、死んだらどうなるの?」
死んだら何も残らない。自分の意思も全部、消えてしまう。
この日のまいは、「死」を身近に経験したばかりでした。
大事に飼っていた鶏の無残な死。大雨の中、大自然に一人取り残された恐怖。
漆黒の不安や恐怖に、まいは祖母に抱き着いて、泣きはじめました。

 

そんなまいに対して、祖母は「おばあちゃんが信じてること」と前提をつけて、まいに語りかけます。

「死ぬということは、魂が身体から離れて、自由になることだと思っています。
魂は身体がなくなっても、長い旅を続けなければなりません。」「お腹が空いたら怒りっぽくなる人は、身体が意識に影響を与えているから、魂は今のまいとは、また違ったものなのでしょう。」

これ、とってもいいシーンなんですよね。笑
誰しも一度は、死後の世界を考えたことがあると思います。
これに対して祖母は、生命=身体+魂と定義しました。
つまり今生きているのは、身体のためでもあるし、魂のためでもある、ということができます。

 

続けて、それじゃあ身体なんていらない、というまいに対して祖母はこう言います。

「でも、身体があるからこそ、魂はいろいろな経験ができるし、成長することができるのですよ。」

「魂の本質は成長だから、成長したい、って思うことは、仕方がないの。」

先ほど、生命=身体+魂と定義しましたが、魂はずっと、成長を求めています。
生まれてくる前も、死んだ後もです。

 

まいも言っているのですが、わざわざ成長する必要なんてないんじゃないか?って思うこと、あると思います。
将来の不安なんてない、ずっと変わらない生活環境や人間関係と、ずっと変わらない日々。とても楽なんじゃないかなって思います。

 

この世の人は誰も死んだことがないので、死んだらどうなるのかなんて、誰にも分からないです。笑
でも、「死んだら何も残らない」って考えながら生きるより、「魂のため」って思って生きたいな、と思っています。

 

人生で、何か大きな課題に直面したことを考えてみましょう。
例えば、地元を離れて進学した大学でうまく馴染めず、不登校になりかけていた大学生がいたとしましょう。

・「辞めたら楽になる。でも、受験勉強をメチャクチャ頑張ったのに、もったいない…」
・「人生の成功のレールから外れるし、辞められない。でも、あの場所は辛い…」

そんなことを、延々と考えそうですね。

 

こういう時って大体、「今」の人生だけに焦点を当てて考えているのだろう、と思います。
「今」という視野で考えると、どっちを選んでも失うものがあるし、納得が生まれにくいです。
そんな時は、生前や死後にも視野を広げて、「どうしたら魂のためになるのか?」って考えてみてはいかがでしょうか?
つまり、「自分はこの人生でどういう成長をしたいのか?」と考えることです。
そう考えたら、課題を乗り越えた報酬=rewardを感じやすくなるのではないか、と思います。

 

どういうこと?ってなると思うので、ハードル走で考えてみましょう。
貴方が走者で、「人生」というレーンを走っています。
人生の課題や困難に直面するということは、神が「はい、成長の機会ですよ!」って、ハードルを用意することですね。笑
このハードルの意味付けによって、乗り越える意義が変わってきます。

 

さっきの大学生がハードルに「人間関係を克服するため」という意味付けをしたら、通い続けると思うし、
「人間関係の煩わしさに気づくため」という意味付けをしたら、もうハードルは超えているから、辞めても構わないと思います。
これによって、その選択に納得が生まれると思います。

 

じゃあ、どっちでもいいじゃん、って思いますが、
「人生でこれを成し遂げたい」という魂の目標に対して、成長度合が高いハードルを選んだらいいのかな、と考えています。
だって、魂は成長したい、と思っているのですからね。笑

 

それに、どんな選択をしたか、そして、それが正解だったか?なんて、いつになっても判らないと思っています。
大学を辞めた学生が、起業して大成功するかもしれないし、その後倒産して、また挫折をするかもしれない…
また、そんな話もしたいです。笑
でも、「ハードルを乗り越えた」成長が必ずどこかで、人生を豊かにするのではないでしょうか?

 

そんなわけで今回は、魂のことも考えてみよう、というお話でした。
作品の話に戻ると、この時の対話が伏線となって、作品のクライマックスを盛り上げています。
ぜひ一度、「死生観」に思いを馳せて、作品に触れてみてください。

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