ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。

未分類

こんにちは、yukinoshitaです。
このタイトル、びっくりしますよね。笑
聞いたことはあるでしょうか?
今回は、いつもと違った視点で物事を見てみると面白い発見があるかも、という話をしたいと思います。

 

タイトルで紹介したこの言葉を軽く説明したいと思います。
手掛けたのは山﨑博司さんという、有名なコピーライターの方です。
その中でもこの言葉は「新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞を獲得した、有名なキャッチコピーです。

 

なんというか、とてもキャッチーですよね。笑
このキャッチコピーには、
みんなが当たり前のように使う「めでたしめでたし(幸せ)」って、本当にみんな幸せなんだろうか?
ということから、様々な視点をもつきっかけになって欲しい、という意図があるそうです。

 

確かに、退治されるオニの子供の視点に立ってみたら、本当に悲しいです。
ある日突然知らない人と動物たちがやってきて、日常が壊されるわけですからね。
親も殺され、蓄えていたお金も強奪され…
まぁ、実際オニは人間を襲ったりしてるんで何とも言えないですが、
”オニの子供”という登場人物によって、「めでたし」は「めでたし?」に変わってしまいます。

 

そんな感じで、「プラス」の出来事の「マイナス」に注目してみると、面白い発見があったりします。
映画「テルマエ・ロマエ」にも、そんなシーンがあります。

テルマエ・ロマエ(プレビュー)

古代ローマ人の主人公ルシウスが、現代の日本にタイムスリップし、ウォータースライダーやマッサージチェアなど、未来のアイデアをローマに持ち帰るのですが、
当時のローマには電気など当然あるわけでもなく、自動で動かすなんてことはできません。

 

じゃあ、どうやってそれらを再現したかというと、すべて奴隷による手動でした。
ウォータースライダーは、奴隷がひたすら水を汲み上げたり、マッサージチェアは、奴隷が椅子になってマッサージしたり…
作中では「技術の進歩!(プラス)」とか、上流階級の人たちの「楽しい!(プラス)」に焦点が当てられてますけど、
こんなストーリーだったら、評価は変わってしまうかもしれません。

 

私はローマ郊外で、家畜の飼育をする奴隷です。
名前はありませんが、愛する妻と、小さな子供がいます。
贅沢はできないけど、家族と慎ましく過ごす…それが私の幸せでした。ある日の早朝、宮殿から突然の勅命が下ります。
「人が足りない。今すぐ宮殿に来い!」
まだ寝ている妻と子を残し、私は家を去ることになりました。宮殿で言い渡された命令は、”日が昇ってから沈むまで、水をくみ上げろ”
しかも、休む間もなく。
「なんでこんなことをしなければ…」
そんなことを思いましたが、奴隷の私には従う以外の選択肢など、ありません。こんな作業がいつまでも続き、私は身体も心もボロボロになってしまいました。
腕も上がらなくなりました。立つこともできません。
「お前はもう使えない」言われ、地下の牢獄に投げ捨てられます。どこまでも静かな真っ暗闇の中、私の人生はなんだったのだろう、と思いました。
不意に、家族の姿を思い出しました。
妻はまだ私の帰りを待っているのだろうか…?
子供は大きくなったのだろうか…?そんなことを考えながら、私は瞼を閉じました。
今日もきっと宮殿では、貴族の笑い声が響いています。

 

これだと、ルシウスの所属する「ローマ帝国」は完全に「マイナス」ですよね?笑
まぁ、大げさだし、私私自身古代ローマについて詳しいわけではなく、「郊外とかあるの?」って言われても知らないので、そこらへんは想像で。笑

 

実際ここの描写について「奴隷を面白半分に書くのはどうなんだ!」っていう意見もあったりするらしいですが、
どっちが正しい、間違っている、というのは置いといて、
「どこにフォーカスするのか?」によって、プラスとマイナスはひっくり変わってしまうのです。

 

私たちはなにかの善し悪し判断するとき、その元には必ずその人の「価値観」があります。
その「価値観」をあえて逆に設定し、その筋が通る論理を考えることで、いろんな価値のものの見方ができるようになります。

 

価値観って、いわば虹の光の一色の選ぶフィルター、屈折率のようなものです。
なにかの出来事(太陽光)に対して、その人の価値観(屈折率)で認知する(一色を見る)というような感じです。
このとき、様々な屈折率から物事を捉えることで、太陽光という、本質に近づくことができるようになるのです。

 

さきほど、逆の価値観で考えてみましょうと言いましたが、
これ、性格がねじれてるだけじゃん!って感じですよね。笑
ただ、これができるようになると、他者の価値観を受け入れることができるようになります。

 

自分と価値観の違う人って、
「何考えてるか分かんない!」
って感じで、自然と苦手になっていってしまいがちです。
そういう時こそ、さっきのねじれロジック(笑)で、
「もしかしてこういうことかも?」と相手の価値観を仮定してみると、案外すっと苦手意識が消えたりします。

 

ただここで気を付けたいのが、仮定が当てはまりすぎると、「自分の方が偉い」と相手を下に見てしまいがちになることです。
確かに、今までの自分にはない視点で物事が見れるようになると、「視座が高くなった」ということなんですが、
だから相手より偉いとなるわけではないのです。
どちらが正しいなんて、価値観の違いでしかないのですからね。

 

そんなわけで今回は、いろんな価値観を採用してみましょう!というお話でした。
これが自然にできる人(例えば、みんなが賞賛する映画をあえて批判したり、だれも見向きもしない箇所をあえて取り上げたりする人)は、「ねじれ」の人といいますが、
まぁ、自分なんです。笑
とことん活力が落ちてきているとき、「ねじれ」の人は何かと人を下に見てしまいがちなので、
気を付けた方がいいと思います。
逆に、私素直なんです!という人は、「ねじれロジック」で今日の出来事を考えてみてはいかがでしょうか?

タイトルとURLをコピーしました