原因と考えるか、目的と考えるか

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こんにちは、yukinoshitaです。
前の記事で、「原因論と目的論」の話をしました。

 

ちょっと復習すると、
過去の出来事に原因があって、それが現在の行動に影響を与えている考え方を原因論といい、
今の自分に何か目的があって、その目的にそって行動しているという考え方を目的論といいます。
そして、目的論を提唱している考え方を”アドラー心理学”ですよ、と説明したと思います。

 

今回の記事では、それぞれの考え方に「顕在意識・潜在意識」を交えて、ちょっと深めてみたいと思います。

 

その前に、「原因論」について、ちょっと説明です。
「原因論」を提唱したのは、”フロイト”という哲学者の方です。

ジークムント・フロイト(独: Sigmund Freud、1856年5月6日 – 1939年9月23日)は、オーストリアの精神医学者、精神分析学者、精神科医。オーストリアのモラヴィア辺境伯領のユダヤ人の家庭に生まれた。神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、心的外傷論研究(PTSD研究)、自由連想法、無意識研究を行い、さらに精神力動論を展開した。精神分析学の創始者として知られる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

簡単に説明すると、
彼は人の精神を分析する際に、世界で初めて「無意識」を扱った方です。
「無意識」とは、この記事で言う「潜在意識」のことですね。
そして、「過去に受けた強烈な出来事」が無意識に刷り込まれ、それが原因で今の行動に影響を及ぼしている。
これが、フロイト的思考「原因論」の考え方です。

 

この「潜在意識」ですが、フロイトと同じようにアドラーも存在の肯定はしているのです。
というのも、「無意識」の発見によって、心理学は飛躍的な進歩を遂げた、と言われていますからね。

 

ただ、この二人の違いは、「顕在意識」と「潜在意識」の関係性に顕著に表れています。

 

関係性の違いを考えるために、アドラー心理学の本でも登場した「赤面症の女の子」を例に考えてみましょう。
この女の子は、自分の「赤面症」のせいで男の子に告白できない、と悩んでいました。

 

さてこの時、「変えられない過去のトラウマ」が原因で赤面症を引き起こしている、と考えたのがフロイトです。
つまり、潜在意識によって、顕在意識は支配されているという考え方です。

 

フロイトの精神分析によると、「過去の性的な経験」がトラウマとして結びつく、と説明しています。
なのでこの女の子の場合、小さい頃に自分の意見を発したとき、父親にひどく叱られ、
襲われると思ったりしたことが原因なのかなーって考えられます。

 

次に、アドラー心理学では「男の子に振られなくて良い可能性の中に生きたい」という目的のもと、
赤面症という盾を持っている、という考え方になります。

 

ちょっと難しい考え方になりますが、
これってつまり、顕在意識が潜在意識を支配している、という考え方になります。

 

「男の子に振られたくない!」という顕在意識の思いが、
潜在意識に影響を与え、「赤面症」という症状を起こさせているのです。

 

この違いをまとめると、支配の関係を
潜在意識→顕在意識と考えたのがフロイトで、
顕在意識→潜在意識と考えたのがアドラーです。

 

そして、この違いは、「合理性」という観点からも見ることができます。

 

フロイトの精神分析では、
・本当はこうしたい(顕在意識)けど、どうしてもすることができない(潜在意識)…
っていう感じで、潜在意識を「不合理で、宿命的なもの」と定めています。
つまり、顕在意識と潜在意識の向いている方向が逆なんですよね。

 

逆にアドラー心理学では、顕在意識と潜在意識が、明確に「同じ方向を向いている」んです。
・こうしたいという目的(潜在意識)の元、行動に現れている(潜在意識)
つまり、潜在意識を「利益を一つにしており、合理的なもの」と定めています。

 

ここまでをまとめたいと思います。
原因論と目的論の違いは、「潜在意識(無意識)」の違いに現れています。

 

そしてそこから、
「変えられない不合理のもと生きるのか?それとも目的に向かって生きるのか?」
どちらを採用するかによって、行動も変わってくるのかなって思います。

 

私は目的論を採用し、目的に向かって生きていってほしい、と思っていますが、
前の記事でも言ったように、まぁ厳しいです。笑

 

「嫌われる勇気」著者の岸見一郎さんは、別の書籍にて「人生」をこう説いています。

人生は苦もあれば楽もあるわけでもなく、苦であるとみる方が人生の真理に近いように私は思います。
-岸見一郎著『成功ではなく、幸福について語ろう』より抜粋

 

この言葉、アドラー心理学を表す言葉だなーと私は思っています。
変えられない過去の事実も、感情も全部含めて、人生は苦しいです。
でも、それを認めた上で、その先に自分に何ができるのか?
それを考えることがアドラー的だな、って思います。

 

というわけで今回は、「潜在意識の捉え方によって、考え方が変わる」というお話をしました。
最後に誤解のないように言っておくと、「苦」と「地獄」は同じ意味では使っていません。

 

「苦」から目を背け、過去の可能性の中に「天国」を見るのか、
「苦」を正面から受け止め、その先を目指していく所が「天国」なのか。
私は、目指せるものに向かって進んでいたいです。

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