自分の課題と向き合う「勇気」

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こんにちは、yukinoshitaです。
前回の記事では、「課題の分離」のお話をしたと思います。

 

ちょっとおさらいすると、
課題の分離とは、「その課題が解決されると、誰が得をするのか」を
明らかにすることでした。

 

今回のお話は、そこの部分をもうちょっと深めてみたいと思います。

 

さて、これもまた前回のことになるんですが、
「勉強させようと必死な」親と子供を例に、課題の分離を見てきたと思います。

 

そして、この「勉強をすること」という課題は、明らかに「子供」の課題でした。
それでは何故、親は「人の課題と自分の課題」を混在させてしまうのでしょうか?

 

またこの答えは、「アドラー心理学は残酷だ!」と言われかねないのですが、笑
あえてきちんと申しておきますと、「自分の課題を見たくないから」なんです。

 

今回の親子の例で考えてみますと、
「勉強しなさい!」という親自身が、「勉強ができなくて困っている」という課題を抱えています。

 

そんな「自分の課題」を「子供の課題」として、責任転嫁しちゃってるんです。
「自分では達成できなかった課題を、お前が解決しろ!」みたいな。笑

 

そしてそれに「反発」する子供は、無意識にその「責任転嫁」に気づいている場合があります。
「いや、だったら自分がやれよ!」みたいな感じですね。
まぁそれでも子供はうまく言葉にできないから、「言われたらやる気なくなった」とか言うんですがね。笑

 

そして、この「自分の課題を見たくないから、相手の課題に熱心になる」って、実は親子関係だけではないと言われています。
友人関係だって、恋愛関係だって、親子の関係だって一緒です。
はたまた、会社上の付き合いも一緒かもしれません。

 

どのような対人関係のトラブルも、「自分の課題を棚上げにして、相手の課題を解決しようとするから」起こります。
とにかく、”自分の課題は見ないように、見ないように…“
そうやって、無意識に逃げて生きているのです。

 

そしてこれをフロイトの精神分析的に、つまり「原因論」的に見ると、
過去の「トラウマ」ということになります。
黒くて苦々しい塊、だと捉えてみていいかもしれません。

 

先ほどの親の例だと、
「昔、勉強ができなくて辛かった経験が、今の勉強させようと熱心な親を作っている」
ということですね。

 

まぁそんな「トラウマ」なんですが、アドラー的に考えてみると、
この「黒くて苦々しい塊」の外側に、「甘い甘い飴」がコーティングされて、その人のアイデンティティになってしまっているんです。
もう、「腐ったりんご飴」って考えてもらってもいいかもしれません。

 

そしてこのりんご飴の、「甘い甘い飴の部分だけ」をみんなに舐めてもらうんです。
「聞いて、昔の私ってこんな辛い目にあったのよ!」とか、
「こんなに悲劇的な私の人生に共感して!」みたいな感じです。笑
そうやってできた「飴」が、アイデンティティだと考えている人もいます。

 

つまり、辛い過去を「乗り越える」ことは、アイデンティティを失うことになります。
過去の連続した自分を見失う、ということですね。

 

ただでさえ「自分の課題」と向き合いたくないのに、向き合ったところで「甘い飴」が出てくる…
だから、「課題の分離」って、とても辛くて、難しいんです。

 

だからこそ、「アドラー心理学」は、「勇気の心理学」だと言われています。

 

これまでに上げてきたように、いかに自分の課題を人に押し付けてきたのか、自覚しなければなりません。

 

アドラー心理学では、過去のトラウマだってありません。
例え「甘い飴」だったとしても、それと立ち向かって、乗り越えなければなりません。

 

もしかしたら、自分の中に何か、「そういった」ものの心当たりがある人にとっては、
「そんな辛いことするくらいなら、今のままでいい!」
って思う人もいるかもしれません。

 

私は、その人はそのままでいいと思っています。
これこそまさに、私にとっては「自分の課題」ではありませんからね。笑

 

ただ、「目を背けたまま、飴を持ったまま」を選ぶんなら、悩んではいけないな、と思います。
「過去がこうだから未来もこうだ」って割り切って、生きていくのが妥当かなぁと思います。
まぁ、推奨はしません。

 

それでも、「どうしても変わりたい!」「もっと輝きたい!」と思っているなら、
私は、共通の課題にしたいな、と思っています。
そんな気持ちで記事を書いていますし、人の課題にも向き合っていきたいなと思っています。

 

という訳で今回は、「自分の課題と向き合う勇気」というお話をしました。
アドラー心理学は勇気の心理学、というお話が出てきましたが、
逆にフロイトの精神分析は、「安心の心理学」かな、と私は考えています。

 

原因が見つかったら、安心しますからね。
「あぁ、過去のあれのせいで今こうなっているんだ!」って思えば、気持ちは楽になると思います。

 

そして、原因論では、その延長に未来を作るんです。
「今もこうだし、未来もこうなるだろうなー」って。笑

 

まぁ、そんな「安心」ではなくて、是非とも
「今でしょ!」で動いて、未知の世界に飛び込んで欲しいな、って思います。笑

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